今一生氏越しに見る、おさわり募金に対する傍感

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asawari

初めに

おさわり募金とは、いわゆるおっぱい募金のことです。「胸」そのものより「触る(触られる)」ことに焦点を当てたいので、敢えてこの言葉を使います。

タイトルにある「傍感」とは「傍から見た者の感想」という意味です。誤字ではなく造語です。

私は当事者ではなく、参加者でもなく、このイベントに与する立場でもないので、敢えて傍観者の感想とします。

今まで、この話題には、敢えて深く触れないようにしていました。

このように個人的感想は述べましたが、イベントの善し悪しについての明言を避けています。

ちなみに、この下品という言葉を向けたのは、胸を触らせる女性スタッフのことではありません。

女性の胸を触らせて募金を集めようと考える、イベントを企画運営している主催者に向けたものです。

それらについても後述します。

このおさわり募金に関しては、色々と思う所もあるので、自分自身に向けて整理する意味も含めて記事にします。っていうか、新年を迎えて1月も半ばに差し掛かろうとしているので、今更感はあるのでしょう。

ですが、私にとってタイムリーさとかはどうでも良いのです。

このおさわり募金の問題は、SNSを中心にネット上で話題となりまして、賛否両論がありますね。

おさわり募金とは、端的に説明すると「募金をすれば裸の女性の胸を触れるイベント」です。

 2015年12月5日と6日、東京都新宿区歌舞伎町で「おっぱい募金」というイベントが開催されました。BSスカパー!の「24時間テレビ エロは地球を救う!2015」という番組の企画で、参加者が1000円以上の募金を行って若いAV女優の乳房を直接素手で触るというものです。

http://webronza.asahi.com/culture/articles/2015122800005.html

それに対して、中止を求める署名が集められています。

 このイベントに不快感を覚えた女性らがネット署名サイト「change.org」で16年以降の中止を求めて署名集めを開始。15年12月25日時点で8千人以上の賛同者を集めている。中止要望の趣旨はこうだ。

「『募金』とは名ばかりで、寄付する人はおっぱいを触るための対価としてのお金を払っているだけ」「あたかも募金という良いことをしたように思わせながら企画への関心を集めるこの仕掛け。エロをエロとして扱わないことで公共性を高くしているという点でも、余計罪深い」

 署名者からも「見ていて不愉快極まりありません」(女性)や「見返りを求めるのは募金ではないと思う」(男性)などとコメントがあり、男女両方から批判の声が出ている。

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160104-00000007-sasahi-soci

私がそれに対して賛成なのか否定的なのかは、最後に述べます。

それと、今回も炎上覚悟で書きました。

毎回、炎上覚悟っていってますけど、炎上の片鱗すら見せないのは、弱小過疎ブログだからなのは百も承知です。そんな弱小過疎ブログの記事を読んで下さるあなたが、心優しいかたなのも承知しております。

ええ、今回もバカみたいに長いんですけど、1週間くらいかけて少しずつでもお読みいただければ幸甚に存じます。

それでは、最後までお付き合い下さいませ。

女性の身体は物ではない

この論争にブログで言及しようと思い立ったのは、今一生氏のブログ記事に対する、宇樹義子氏の反論記事を読んだことが大きなきっかけです。他にもきっかけはあるのですが、一番の要因は、お二人のやりとりです。

まず、今氏は、おさわり募金への反対署名に対して「トホホな件」とか「トンデモ」としたことで端を発しました。

宇樹氏がそこに疑問を感じてブログ記事で反論したのです。

ここで、宇樹義子氏と、今一生氏のプロフィールをTwitterから引用します。

screenshot.1宇樹義子(@decinormal1
ライター/翻訳者/発達障害者(高機能自閉症)/トラウマサバイバー(ほぼ回復)/FTX/リベフェミ/【興味】弱者・マイノリティの権利保護、ピア支援、ライフハック、反・ニセ科学、宗教/突然の連投注意/名前は「そらき・よしこ」と読みます。漢字難しいから呼ぶときは「ソラキさん」でOK


成人発達障害当事者のブログ | decinormal – 関連情報・ニュース・コラム。「10人にひとり」の少数者の視点から http://decinormal.com/

screenshot.2今一生(@conisshow
ライター、編集者。最新刊は『よのなかを変える技術』(河出書房新社)。『社会起業家に学べ!』(アスキー新書)『ソーシャルデザイン50の方法』(中公新書ラクレ)など。編著『日本一醜い親への手紙』3部作は累計30万部突破。講演・連載の依頼は歓迎。よのなかを変えるソーシャルビジネス(社会起業)を応援中


今一生のブログ http://con-isshow.blogspot.jp/

あ、なんか私も同じようにプロフィール載せたくなってきた。

screenshot.3クロノス(@Chronus_96R
当アカウントは、心が腐った狂人がTwitterでどれだけ真面目な善人を演じられるかを試みつつ、ナンを地面に叩きつける社会実験です。 ツイートのほとんどはゴーストライターの天才チンパンジー、皮皮(ひかわ)君が投稿しています。 アイコンはエスパー伊東氏に念写で撮って貰いました?(本アカなのかな→ @Chronus_96


ブロ元 -BlogEn- http://blog.office-chronus.com/

(こうやって並ぶと、私だけクソみたいなプロフィールだな)

宇樹氏と、今氏の二人は、おさわり募金について、それぞれブログに記事を書いておられます。

宇樹氏は、今氏のブログに言及する形で記事を書いておられるのですが、そのやりとりを見て、私はいくつか気になった部分があります。

まず、そのひとつ。

「女性の身体は商品なのか」ということです。

引用部分は、今氏のブログからです。

たとえば、「ボルビックのペットボトルを買うと売り上げの一部がアフリカに安全な水を届ける活動に使われます」という寄付アクションがある。
これは寄付付き商品(コーズ・マーケティング)といい、世界中で支持されている寄付のあり方だ。
自分が好きな商品を買うだけで困ってる人の役に立つならと、商品を選ぶ消費者が増えているからだ。
これを「エシカル消費」という。
水を飲みたいための対価としてお金を払っているだけだから、募金とはいえない?
そんなバカな理屈を言い出すのは、端的にものを知らない人だけだ

■おっぱい募金の中止を求める人たちがトホホな件 | 今一生のブログ http://con-isshow.blogspot.jp/2015/12/blog-post_23.html [archive]

今氏は、この例え話が上手いとでも思っているのでしょうか。

だとしたら、彼の美辞麗句の底にミソジニー(女性軽視や女性嫌悪)が見え透いていることが伺えます。

おさわり募金の件でミネラルウォーターを引き合いに出すということは、女性を物扱いして見ているということでしょうか。

人は、飲料水のように消耗品ではなく、使い捨てでもなく、消費される商品でもないです。

人は、パッケージングされて、ダンボールに詰め込まれて、輸送されて、陳列棚に並べられる物品ではないです。

人は「エニシカル消費」される物品ではありません。

また今氏は、人の身体消費される商品として見ているのでしょうか。

もちろん、世の中には自身の身体を商売道具として考える人もいるでしょう。

それは、脚力だったり、手技だったり、爪だったり、髪だったり、嗅覚だったり、様々です。自身の身体に商品価値があると感じている人もいるのでしょう。

ただ、そうであっても、サービスを受ける側が、その人自身物扱いすることなく、サービス提供者のパーソナリティも尊重すべきです。

過剰に消費者意識が高まると、サービス提供者は蔑ろにされがちです。

サービス提供者は物ではありませんし、お客様は神様でもありません。

そういった、神様的消費者の間違った意識によって、末端で働く人たちは酷使され、労働環境が悪化し、社会全体のブラック化を助長するのだと思います。

ヴォルビックや、マクドナルドのハッピーセットなど、売り上げの一部が寄付金となることなど、大企業がバンバンCMを流しているので、ご存じの方は多いでしょう。

おさわり募金に反対する人がミネラルウォーターの例を持ち出さないのは「端的にものを知らない」のではなく、「知っていても女性の身体を結びつけない」だけです。

むしろ、男性が女性を物扱いし、一方的に商品やコンテンツとして消費することに対して異議を唱えているんです。

繰り返しますが、性産業に従事する人は、サービス提供者であっても商品ではありません。

消費される物品ではありません。生身の人間です。「ふざけるな」といいたいです。

これ一つをとっても、私は今氏に対して怒り心頭で、この記事を書くきっかけとするには十分な理由です。

短絡的でトホホでトンデモな考え方なのは、どちらなのでしょうね。

普段、社会貢献や、弱者救済や、貧困救済を声高に叫ぶ今氏ですが、どの立場から叫んでいるのかが甚だ疑問です。

当事者の声を強調する論調

「性産業従事者は誇りを持って働いている」とか「性産業従事者へ対する差別や偏見」とか「性産業従事者の自己決定権の否定」などです。

これも的外れな気がします。

おさわり募金で胸を触らせる女性が、自身の職業に誇りをもっているのか否かは別問題です。

仕事の一環として、あの場に立っていることを想定すれば、それは尊重すべきだと思います。

署名活動に賛同する方々は、胸を触らせる女性に仕事を辞めることを望んでいるわけではないでしょう。また、性産業を撲滅することを望んでいるわけでもないでしょう。

もし、それを望んでいるのなら、私は署名には賛同できません。現段階で必要としている人の職業を奪うことは他者の権利の侵害と言えます。

このキャンペーンでは、エロコンテンツ産業自体をなくしたり、人々が性的なことに興味や欲求を持つこと、性を商売道具とすること自体を否定はしません。

キャンペーン · 「募金」「社会貢献」にかこつけて女性の体で人とお金を集める「おっぱい募金」は2015年で終わりにしてください! · Change.org 

署名の冒頭でそうではないことを明言しています。私は、この宣言を信じて話を進めます。

反対署名に賛同している方の思いは様々でしょう。

ただ、大筋では、募金を集める方法について、主催者に抗議しているのでしょう。

おさわり募金の中止を求めていても、募金活動そのものを止めるように呼びかけているわけではありません。決して、HIV募金活動を邪魔しているわけでもありません。よりよい募金活動の方法を模索してほしいという、訴えかけに過ぎません。

例えば、テレビ番組で不適切な放送があった場合、視聴者からの苦情を各放送局は受け付けています。

その視聴者の声をフィードバックに、放送局はよりよい番組制作に努めるわけです。

今回の署名活動も、それと同じアクションだと思うのです。

主催者であるスカパーは、放送局なのですから、それは当然の様に理解しているでしょう。

反対署名が起きるイベントに、世の中のイメージを気にするスポンサーがなにも考えずに協賛するとは思えません。

主催者もスポンサーも、カスタマーやコンシューマーからのフィードバックは、真摯に受け止めることが望まれるでしょう。

この企画が、胸を触らせる女性達によって自主的に企画運営されたものであったなら、署名活動する人たちの意見はすこし変わってきたのだと思います。

自己決定権によって女性スタッフが自らの意思で参加していたとしても、このイベントに対しての自主性は伺えません。

自主性とは、例えば、スイスのダボス会議(世界経済フォーラム)で、女性の貧困救済などを求め、ウクライナのフェミニスト団体「FEMEN」が、トップレスで抗議した件があります。

この会議に参加するのは各国の代表(ちなみに、菅元首相や安倍首相は出席を辞退しています)や経済学者や経営者、知識人、ジャーナリストなどです。

FEMENのメンバーは、雪が積もる屋外にもかかわらず、より多くの声を届けることが目的で、会議の参加者の視線を集めるために、服を脱いで身体にメッセージを書いたと考えられます。

抗議の手段として服を脱ぐことの賛否は置いておくとして、この場合は、自主的かつ強い意志で服を脱いだことが伺えますよね。

http://cryptome.org/2012-info/femen-wef/femen-wef.htm

では、おさわり募金で胸を触らせた女性スタッフは、自主的かつ強い意志で自ら服を脱ぐイベントを企画立案したのでしょうか。初めから用意されたイベントに参加したに過ぎないですよね。

自己決定権と自主性の違いがおわかりいただけたと思います。

企画したのは主催者側。胸を触らせる女性スタッフは現場で酷使される側といえますよね。

自己決定権により、自らその過酷な仕事を引き受けたとしても、大勢に胸を触らせるのは過酷で大変な役目に変わりありません。

主催者は、女性スタッフの善意や心意気に甘えて寄りかかり過ぎではないですかね。

スカパーJSATの主催する『STOP!AIDSチャリティー 24時間テレビ エロは地球を救う! 2015』の募金会場には、7175人が来場したらしいです。

現場で胸を触らせる女性スタッフは7人とのこと。

単純計算で、一人当たり、1000人に胸を触らせることになります。

24時間で1000人に身体を触らせるのって、かなり重労働だと感じます。

私は、胸を触らせた女性スタッフに対しては、ただただ「お疲れさまでした」「お身体は大丈夫ですか」という労いの言葉あるのみです。

この企画を主催している側には、「このイベントで24時間も女性を裸にして、大勢の来場者に胸を触らせ続ける必要があるの?」という言葉あるのみです。

例えば、某アイドルの握手会は、一日の来場者数が数万人規模です。

おさわり募金を握手会募金に変更したとして、数万人規模まで届かずとも、十分に来場者を呼べるのではないでしょうか。

仮にこれが、女性スタッフ側から「握手会ではダメ。やっぱり胸を触らせたい。」と主催者側に直談判するのなら、彼女たちの意思を尊重すべきだと思いますが、実際はどうなんでしょうか。

スカパーは、番組企画が得意なテレビ番組制作者なのですから、女性スタッフの身体を酷使せずに、もっと魅力的な企画を考えるべきだと思います。

「女性達が自身で好きこのんでやってるんだから問題ない」という論調は、

「ブラック企業で酷使されているスタッフは、自身で好きこのんで働いているんだから問題ない」とか、

「介護の現場で薄給で身を粉にしているスタッフは、自身で好きこのんで働いているんだから問題ない」という、

他人事で対岸の火事と見る論調だと感じます。

「当事者の意思を尊重」という言葉は、ある意味「自己責任で自業自得だから仕方ない」の言い換えに聞こえ、時として薄情にも感じるのです。

イベントで、たとえアダルトを売りにするとしても、そのデリケートな性質を考慮して、慎重さと配慮が求められることから、世間の反感を買わない方法を徹底して模索する必要があると思います。「女性の胸を触らせれば、それなりに来場者が集まるだろう」というのは、胸を触らせた女性に依存しすぎで安直過ぎると感じるのです。

例えば、ラブグッズ製作メーカーをスポンサーにつけて、ラブグッズの購入金額を募金に回すなどはどうでしょう。メーカーも商品をアピールできて、売り上げは社会貢献に役立てることができる。これこそが、エシカルコンシューマリズムだと思うのです。

TENGA社のirohaシリーズは女性から絶大な人気を集める商品です。

さらにイベント限定バージョンとかを販売すればプレミア感があると思うんです。

これは、女性が自らの意思で自由にセルフプレジャーを楽しむことに対する、世間からの抑圧の解放を訴えかけることにも繋がると思います。

また、女性向けアダルトレーベルである「SILK LABO」の作品に出演する俳優さんとの握手会とかサイン会とかはどうでしょう。彼らのイベントには、女性ファンが大勢訪れるようです。

アダルト色を色濃く打ち出すイベントで、女性を含む男性以外のジェンダーへもターゲットを広げることは、従来の「ヘテロ男性向けが主流」であったアダルトコンテンツを、「性別に関わらず楽しめる市場にすべき」として、新しいステージへと向かう大きな一歩に成り得ると思うのです。

レズビアンやゲイの方々や、パンセクシャルの方、X-ジェンダーの方、あらゆるセクシャルマイノリティが楽しめるイベントであることが、クィア・セクソロジーの観点により求められるのです。

性風俗産業は、男性だけのものでもなく、女性だけのものでもなく、全てのジェンダーに門扉が開かれるべきなのです。

これらは、私のような素人の企画なので、大規模な来場者は見込めないのかもしれません。

資本主義社会では、売れない物は廃れるので、マイノリティ向けの商品は、どうしても比較的少なくなる傾向が見受けられます。例えば、左利き用の商品は、右利き用の商品に比べると圧倒的に少ないですよね。

それでも、アダルトを売りにしつつ、HIV感染予防の啓蒙を呼びかけるチャリティーイベントで、男性以外にも、女性来場者やセクシャルマイノリティをターゲティングする企画を考えるのは有意義だと思います。

このイベントが、主催者やスポンサーの利益追求を目的としたイベントではなく、社会貢献に寄与すべく催されているのなら、尚更そうであるべきだと思います。

また、マーケティングの観点で損得を判断したとしても、男性だけをターゲットにするのは損だと思います。

いまや、女性向けアダルトコンテンツも、女性向けラブグッズも、女性向けラブコスメも、かつてに比べると需要が高まって市場拡大しています。

単純に、アダルトを売りにするなら、女性を含む男性以外のジェンダー対しても訴求しないと勿体ないと感じます。市場拡大のプロモーションのチャンスに成り得ることを考えても、男性だけをターゲットにすることが損だと思いませんか。

私は、アダルト業界が男性主体のものと考える前時代的で封建的な発想から、一刻も早く卒業すべきだと思います。

いっその事、イベントの企画制作を、セクシャルマイノリティのスタッフや女性スタッフを中心にしてもいいのかも知れません。

また、性を扱うイベントであれば、産婦人科医に協力を仰ぎ、HIV感染予防に関する知識を深める場とするのはもちろんのこと、避妊具の重要性を啓蒙したり、性感染症の解説や予防を呼びかけたり、アフターピルであるノルレボのキャンペーンなど、性にまつわる様々な啓発の場とすれば、とても公益性が高いイベントとなりそうです。

そういった趣旨のイベントなら、快く引き受けてくれる産婦人科医は多いと思います。

私の代替案に対して「それじゃ面白くない」という意見もあるのでしょうが、そもそもチャリティーに面白さなんて必要ないでしょ。

「面白くなければ募金しない」とか「エンタメ要素がなければチャリティは成立しない」というの声が多いのであれば、そういった風潮を恥じて疑問視すべきだと思います。面白くなくても善意で成立しているチャリティは多く存在しますからね。

今回、胸を触らせたスタッフの女性も、他の方法でイベントに参加して活躍できるはずです。

私は、イベント企画スタッフに女性を多く起用して、さらには現場スタッフの意見やアイデアも取り入れつつ、抗議の声が挙がりにくいイベント作りを目指してほしいと望みます。

それこそが、真に当事者の声を反映したイベント作りなんだと思います。

今氏は自身のブログで「当事者の声を見よ!!」と高らかに、現場の女性スタッフによるイベント肯定のTweetを引用して強調していますが、「まぁ、そりゃそうでしょうね。だからなんなんでしょうか。」としか言いようがないです。

Twitterって、公に発信するものであり、私信ではないですからね。Twitterでの発言が全てでもないでしょう。

私は、様々な方からご相談を受ける立場ですので、公の場でのコメントと、クローズドな場での本音の双方を照らし合わせたとき、そこにアンビバレンスな気持ちが存在する事を、重々承知しております。

従って、とある側面や表層だけを捉えて「当事者の生の声」と判断するには早計だと感じます。

もちろん、公の場でのコメントが全て本音ではないと断言するのも早計だと思いますよ。

ただ、「誰でも見られる公の場で、立場を明かした上での発言は様々な制約を受ける可能性もある」ということは想像できませんでしょうか。皆が皆、公の場で開けっぴろげに本音を語るとは言えないでしょう。

私が普段、カウンセリングの場で皆様から承る相談の内容は、得てして「表だって言えない本音ばかり」と前述しました。

ましてやこれが、仕事上での発言となった場合、なおさら本音を開示しがたいと考えるのが自然ではないでしょうかね。

触らせた当事者は、「ありがとう」とすら言っている

今一生氏ブログから

当たり前のことをドヤ顔で言ってて恥ずかしくないのでしょうか。

居酒屋チェーンのやるき茶屋だって従業員は「はい!よろこんでー!」と絶叫しますし、マクドナルドだってマッククルーのスマイルは0円です。

オフィシャルなアカウント上では、基本的にセールストークをするんじゃないでしょうかね。

あ、そうか。今氏はネタで言っているんですかね?これはネタにマジレスなんでしょうね。

ところで、話は変わりますが。

キャバクラなどでのリップサービスやセールストークを鵜呑みにして、店の外でも彼氏面してる人には、なるべく傷付かないように現実を教えてあげたくなりませんか?

こちらは、当事者の声としてTwitterを引用する今氏と、それへの反論となる宇樹氏のブログ記事です。

宇樹儀子氏ー

ほんとうに誠実に彼女らの心を知りたいと願い、彼女らの本音を人口に膾炙したいと思い、彼女らのために社会を変えたいと祈るなら… このような形でキャンペーンを急ぐことなく、あと5年10年待って、彼女らの多くが業界を引退してから、きちんと専門家とチームを組んで、匿名性の高い社会調査を行なったらよかったのではないだろうか。

あなたが弱者から聞き出している「自由意志」は本当に自由意志か? ―「おっぱい募金」のケースから(追記あり) – 成人発達障害当事者のブログ | decinormal http://decinormal.com/2015/12/25/is_that_free_will/

今一生氏ー

AV女優たちのおっぱいを揉むと、エイズ予防活動資金になるという「おっぱい募金」について、中止を求めるネット署名がChange.orgに上がった。
そのトンデモぶりについては、「おっぱい募金の中止を求める人たちがトホホな件」というブログで完全論破しておいたw

ー 中略 ー

当事者の声を大事にしない「意識高い系」の人は、自分の胸に手を当てて、よぉ~く揉んでみよう。
欲望こそが生きづらい社会を変えると、ピンとくるはずだ。

■おっぱい募金で触らせた・触った当事者の言葉 | 今一生のブログ http://con-isshow.blogspot.jp/2015/12/blog-post_12.html [archive]

今氏は、Twitterの一部の声だけを切り取って「本人が良しとしているからいい」として、その上で「論破しておいたw」と、自己完結する姿勢で大丈夫なんですかね。

現役の女優さんが、なんでもかんでも公にぶっちゃけられるとお思いですかね。

人の悩みって、表に出てこないことは多いと思うんです。表面上の言葉だけを捉えて、「本人は困っていない」と断定するのはいかがなんでしょうか。様々な背景や可能性に蓋をして閉ざすのはいかがなんでしょうか。

アダルト業界を引退してから、隠していた本音や内情を告白する元アダルト女優さんが多数いらっしゃいますが、その理由はどうしてなんでしょうね。

そこを慮る想像力が欠如しているのなら、安易に「当事者の声」を代弁しない方がいいと思いますが、いかがでしょう。

http://dot.asahi.com/wa/2016012000107.html

社会の意識を変えていく必要もある。制作側と出演者の間で少額でも金銭の授受が発生すれば不当には当たらないと考える風潮がある。だが、PAPS(※)の相談員は強い口調で、こう話す。

「トップのAV女優がブログで『セックス大好き』『信念を持って、この仕事に取り組んでいる』と書いていても、私たちには『死にたい、死にたい、死にたい』と何度もメールを送ってきます。それが本当の心の内ではないでしょうか」

弱い立場にある若い世代が泣き寝入りしなくてもすむような仕組みの構築が急務である。

※ PAPS:People Against Pornography and Sexual Violence(https://paps-jp.org/

今氏は、別の記事で「声なき声」という言葉を何度も使っています。

サービスの利用者にはサービスや提供者への不満や不安があるが、声なき声になっている。
他方、サービスの提供者は、利用者のニーズに応じるようには動機づけられていない。
この両者が共に「対等な関係」を望んでるとは、一般的には考えにくいのだ。

■支援は、相手を変えることでなく、自分が変わること | 今一生のブログ http://con-isshow.blogspot.jp/2015/10/blog-post_79.html [archive]

「親のことを悪く言うなんて」という勘違いを、平気で書評に書いた知識人もいた。
その本で現実の深刻さを知っても、虐待された当事者の声を認めたくない人はどこにでもいる。
しかし、僕は苦しんできた当事者の「声なき声」を誰もが知るチャンスを作りたいのだ。

■まだ誰もやってない仕事を作り出す、ということ | 今一生のブログ http://con-isshow.blogspot.jp/2015/10/blog-post_28.html [archive]

一方で、アダルト女優さんはTwitterやブログなどのセールストークを含む公の発言をみて「当事者の声」としています。

あれ?アダルト女優さんに対しては、声なき声を拾おうとしないんですか?

これではなんだか、今まで散々「声なき声を」と言っていたのは、書籍発売にあたってのセールストークなのかとさえ感じてしまいます。

もう一度言います。

普段、社会貢献や、弱者救済や、貧困救済を声高に叫ぶ今氏ですが、どの立場から叫んでいるのかが甚だ疑問です。

次のページ【自己決定権で蓋をして自己責任と見捨てる風潮】


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