【グッとくる!】最強のライフハック。それはユングの言葉

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世界を変えるのではなく自分が変わること。そして自分が世界を変える。

「幸福」という言葉は、単体では存在を為し得ない。

「悲しみ」という言葉に相対したときに初めて意味を成す。

従って、どれだけ幸せな人生にも、一定の悲しみはあり、どれだけ悲しい人生にも、一定の幸せが存在すると言えるのである。

人生という名の、混沌とした水流に身を投じているかぎり、悩みがないという者は誰もいない。

大なり小なり、人生に悩みはつきものです。

自身が直面した問題に対して、内面的に向き合わなかった場合は、先延ばしされるだけで、いずれまた宿命として立ちはだかることとなる。

人々は、自分自身の魂に直面することを避けるためならば、どんなに不条理な手段を用いてでも躍起になる。

生きる事への問題に対して、不十分な、または間違った解答で自分自身を満足させているとき、その結果、神経症を発症するのを私は頻繁に見てきた

自身の心の内を注視した場合にのみ、あなたのビジョンはクリアになるだろう。

心の外部だけを見れば夢を見続け、心の内部を見たときは目を覚ます。

無意識は、心の中に確かに存在するものである。

あなたが無意識を意識しない限り、いつまでもそれに振り回されるままだ。

私の一生は、無意識の自己実現の物語である。

世界を創造するのは神ではなく、この私である。

「私」の意識化という創造行為によって初めて、世界は客観的に存在するものとなるのである。

すなわち、私が世界を感じ取ったその時、初めて私にとっての世界は存在するのだ。

 

我々の住むこの世界は、理不尽なことが往々にして存在し、残酷でもあり無慈悲でもある。

同時に、清らかで美しい、素晴らしい世界でもある。 どちらの現実が勝るのか、そして、この世界が自身にとって価値があるのか無価値なのかは、自身が決めるのである

医療、貧困、犯罪、紛争、戦争、差別、災害、などなど。

世の中には、様々な問題が山積みです。

全ての問題を一瞬でまとめて解決できるのは、全知全能の神様くらいです。

少なくとも、私ではありません。

私にできることは、まずは自身が健やかであろうと努める事です。

そして、近くにいる人のお悩みをお聞きすることくらいです。

世の中は理不尽で不条理なことが往々にして存在します。

世界は間違っています。間違った世界は我々を苦しめます。

そんな間違った世界は変えるべきでしょう。

そのために、まずは、自分が変わりましょう。

その前に、あなたの置かれた環境が、あなたにとって間違っているなら、そこから抜け出しましょう。

安全な場所に避難しましょう。なにより、まずはそこからです。

安全な場所とは、物理的な場所であったり、精神的な距離であったり、法的な加護であったり、場合によって様々です。

また、国内に、シェルターと呼ばれる、一時的に避難できる場所が存在します。

http://www.gender.go.jp/e-vaw/soudankikan/index.html

安全を確保したら、自分を労い、励ましましょう。

そして、心だけではなく、身体も休めましょう。

ここで大切なのは、一人で思い詰めないことです。

まずは誰かに話しましょう。

話した相手が、ちゃんと聞かずに上の空だったら、また別の人に話しましょう。

いつかは、ちゃんと聞いてくれる人にたどり着けるでしょう。

誰かに話すことで、思いを言語化することは、自身が内省することに役立つでしょう。

「内省」とは、字面から反省のような意味に捉えられますが、それは違います。

内省とは、自身の心を深く見つめることです。

「自分は傷付けられていないか」

「自分は悲しんでいないか」

「自分は怒りを我慢していないか」

「自分は我慢を強いられてはいないか」

「自分が真に望むことはなにか」

心の奥にある、あなたの苦しみの根源を探るのです。

その根源が明らかとなって、その苦しみから解放されるための準備が整ったなら、あなたを取り巻く世界を変えるときです。

自身を取り巻く世界を変えるためには、自身の心を強くする必要があります。

しかし、その力を蓄えるには、安全な環境と、あなたを助ける人の力が必要です。

世の中には、あなたに手を差し伸べる人は必ず存在します。

じっと神様に祈っても助かりません。

困っている誰かを助けたいと思っている人の元へ向かいましょう。

そして、あなたが救われたなら、今度はあなたが誰かに手を差し伸べる番です。

それが、間違ったこの世界を変える方法です。

悩むより行動に移すことで光明が見えることもある

感覚は、何かがあることを教えてくれる。

それは、そのものが何であるのかは伝えず、そのものにまつわる他のことも伝えてくれない。

飽くまで、ただ何かがあることのみを知らせるのである。

頭で考えあぐねて解けなかった謎は、単純にも手が解決することがしばしばある。

「それをするかどうか」と、考えすぎて固まってしまうと、「なにもしない」と同じことに成り得る。

新たな発明とは、〝知性〟から生まれるものではない。
内側から沸き起こる〝必需性〟である。
その渇望を満たすために、本能に突き動かされ、達成させようとする。

すなわち、新しいものを生む創造的な精神とは、自身が愛すべきことに取り組むことである。

創造するものが何もないならば、自分自身を創造すればよい。

考える事は、とても大切なことです。

ただ、考えることが何よりも大切だとは言えません。

時には、考えるよりも行動を優先すべき場合もあります。

最後に

もう少しだけ、ユングの格言をご紹介いたします。

知識や知見は、真実の中にだけではなく、間違いの中にも存在する。

人は、この世の全てを理解できないだろう。
しかし、自身が理解できないことについても、考えを巡らして語ることは重要であり、人生をより豊かにするであろう。

生きることは意味があるといえるし、意味がないともいえる。
我が人生を、意味があるといえる結果へと導くため、己との戦いに勝つことを切望している。

自分自身についてのことは、まるで暗闇の中を覗くのも同然である。

従って、自分自身というものを知るためには、誰かの力が必要となるのである。

ユングが伝えたいことは、大きくわけて3つあることがわかると思います。

誰にも悩みがあるということ。

自身の心を見つめること。

誰かに頼ることの大切さ。

ローマの詩人ユベナリスは言いました「大欲を抱かず、健康な身体に健全な精神が宿るようように祈らなければならない」

これは「あれやこれやと際限なく、色々と欲するよりも、まずは健康な心身だけを求めよう」ということです。

むしろ「健康な心身さえあれば、それだけで十分に幸せだと言える」ということです。

または「健康な心身ではなくとも、QOLを高めることを求めよう」とも言えます。

QOL(Quality of Life)は、直訳すると「生活の質」という意味です。

生活の満足度や充足感です。

なにをもって満足とするのか、なにに充足感を感じるのかは、人によって様々です。

QOLを高めるには、自身の心を見つめることや、誰かに相談することが大切だと言えるでしょう。

あなたは、いつごろお気づきになったでしょうか

勘のいい方はお気づきだと思います。

そうです。

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こちらは、当ブログの一記事ではありますが、この文末部分は、私の運営するカウンセリングサービスの広告記事の意味もあります。

ただ、記事に書いたことは、全て本心から書いております。

当ブログは、今の所は収益を目的としたブログではありませんが、ちょっとくらいマネタイズしてもええやないかぁ~!!

というのは、冗談ですが(冗談でもないですけど)、一人で思い悩んで苦しんでいる方の一助となりたいのは本心です。

私は、世界を変えたいとか、社会貢献したいとか、世の中の弱者を救いたいとか、そんな大それたことができる器ではありませんが、目の前の、悩みを抱える人の声には、真摯に傾聴することを懸命に努めます。

ちょっとした愚痴や、深刻なお悩みまで、なんでもご相談ください。

http://counsel.office-chronus.com/

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