インテリナルシストによるインテリマッチョなインテリマウンティングからの脱却

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初めに

インテリという言葉がゲシュタルト崩壊しそうなタイトルですね。
早口言葉の様にも見えます。
全くもって、キャッチーなタイトルではありません。
そして、タイトルの意味も解りません。

これ以上タイトルネタで引っ張るのは難しいので本文に移ります。
まずは、タイトルにあるキーワードを解説していきます。
そして、後半では認知バイアスについて、私なりにゆる~く解説していきますので、そこだけでも御一読頂ければ幸いです。
(今回もアホみたいに長いので、先に謝っておきます。スンマセッシターン)

インテリナルシストとは

別に起源を主張するつもりは毛頭ないんですが、これは、私の造語です。
20年くらい前に、自身の運営していたEZ-WEB向けの討論掲示板サイトで、この言葉を初めて使いました。(※:現在は、EZ-WEB向けHDMLサイトブラウジングは、au側のサービス提供が終了しています)

まぁ、それはどうでもよいので、意味を解説していきます。

自身の容姿をこの上なく愛し、周囲へもそれをアピールするのがナルシストです。
自身の知性をこの上なく驕り、周囲へもそれをアピールするのがインテリナルシストです。

インテリジェンス(知性)に溢れた人は素晴らしいと思います。
それを自慢するのも別に構わないと思います。
ただ、それをアピールするために、他者を搾取したり、犠牲にしたり、貶す行為は知的とは言えないと思います。
(確証もないのに、やたらと言葉の起源を主張する行為や、「これは自分の考えた造語だ」とアピールする私も、知的とは言えないでしょう。)

インテリマッチョとは

これも、私の造語です。
初めて使ったのは、割と最近で、Twitterで使いました。
これも別に起源を主張しません。

「マッチョイズム」とか「マチズム」とか「マチズモ」という言葉があります。
「マッチョ」とは「雄の~」という言葉から由来しています。
「マッスル」は「筋肉」という意味です。似て非なる言葉です。

マッチョイズムというのは「男性優位主義」を指したり、単に「逞しさ(強さ)を優位とする思想」の事、という解釈でいいと思います。

ここでいうインテリマッチョとは、「己の知性が優位である事を誇示する人」という意味です。
年齢性別関係なくネットにはインテリマッチョな人が往々に存在すると思います。

例えば、ボディビルダーが舞台に上がり、ポージングで自身の筋肉美をアピールします。
これは、競技の場なので日頃のトレーニングの成果を遺憾なく発揮して頂きたいです。
しかし、街中でいきなり裸になってポージングを始めたら、「あ、そうだ、おまわりさんを呼ぼう!」と思います。

これと同様に、和気藹々とした日常の歓談の場で、インテリマッチョが急に小難しい話を始め、議論する気のない周囲を勝手に論破しだして、インテリポージングを始めたなら、「あ、そうだ、竹内力を呼ぼう!」と思います(思いません)。

私は、知性が貧弱なインテリもやしっ子なので、インテリマッチョにインテリカツアゲされる事を恐れ、日陰で息を潜める毎日です。
なので、万が一インテリマッチョに詰め寄られたら、大声で竹内力を呼びます。
多分、竹内力ならば、知力や腕力などではなく、人智を越えた力で弱き人々を助けてくれると思います。皆さん、女子力なんかよりも竹内力を磨けばいいと思うんです(もやしっ子辺りから、寝ボケながら書いています…ふがふが)

インテリマウンティングとは

これは、記事のタイトルを考えている最中に思いつきました。
まさに、ついさっき思いついた造語です。私が後発である可能性は高いかも知れません。
なんとなく、ゲティスバーグ演説っぽいタイトルにしたかったので、急遽考えました。

マウンティングという言葉は、最近よく耳にしますね。
簡潔に言うと「相手の上に乗っかる事」です。
マウンティングポジションという言葉でしたら、格闘技好きの方なら馴染み深いものだと思います。そう、馬乗りになる事です。

元々の意味ですが、動物(主に猿)の序列確認行為です。
猿が猿の尻の上に乗り、個体間の優位性を誇示するための行為です。
他には、単純に交尾の時に雄が雌の上に乗る場合もマウンティングと呼ぶのですが、本項では、どうでもいいことなので置いておきます。

ここでいう、インテリマウンティングとは「知性によって相手の上に立ち、優位性を誇示する行為」となります。…って、さも昔からある言葉みたいに解説しましたが、今さっき思いついたんですよね…。
交尾もマウンティングと呼ぶのですから、インテリマウンティングは「知的な交尾」という意味にもなりますけど、知的な交尾の話は、また別の機会にしましょう(しません)

要するに、「知性を武器に高みに立ちたい」と思う人や実践する人の事です。
知性は、ノーベル賞の様に公益性が高い事に用いられると称賛を得ますが、誰かを踏み台にするための凶器として用いると、無闇に敵を作る事となり、茨の道に足を踏み入れる事になると言えるでしょう。

え!?しますか?するんですか、知的な交尾の話を。いいえ、遠慮しておきます(っていうか、知的な交尾ってなんやねん)


要するに、これらは簡潔に申しますと無駄に意識が高い人達のことです。
意識が高い事は良いことだと思うのですが、その自意識は、自身の内に留めておき、行動で示す方が賢明だと思います
http://decinormal.com/2015/12/03/intended_agression/

自覚しているにしろいないにしろ、彼らはきっと今まさにその傷や苦しみのさなかにあり、無意識に、または意識的に自己治療を行なっているのだ。

心に傷があること、それをセラピーでケアすること、人生の中でそういった時期をもつことを、私はまったく否定しない

こちらのリンク先では、「意識高い系値踏み派」について、解りやすく解説されていますので、是非ともご一読下さいませ。

「俺より強い奴に会いに行く」 By リュウ

これは、大人気格闘ゲーム「ストリートファイターⅡ」のキャッチコピーです。
最強を目指すべく、強者を求めて旅をする主人公、リュウの言葉です。

ネットには、リュウ気取りの勘違いさんが大勢見受けられます。
リュウは、格闘の手練れを相手に試合を申し込むから許されるんです。
(とはいってもフィクションの中の話であり、路上でファイトしたら普通に「あ、そうだ、おまわりさん(ナッシュか春麗)を呼ぼう!」となります)

インテリナルシストの勘違いさんは、誰彼構わず、一方的に果たし状を叩きつけてきます。
DQN(不良少年少女や非行少年少女やヤンキーなどを指すネットスラング)が、「おいコラ、われ、今メンチ切っとったやろ?(失礼します。あなたは、先程から、私の目を見つめていらしたのではないでしょうか?)」と、ちょっと目が合っただけで絡んでくるというイメージがありませんか?(不良漫画とかVシネマとか)

インテリナルシストも、DQNと似たメンタリティです。
DQNが、因縁を付けて喧嘩を吹っかけてくる様に、インナル(唐突に略し始めた)も、因縁を付けて議論を吹っかけてくるんです。
喧嘩に使うのが、拳か言葉かの違いでしかなく、血の気の多さで言えば同じようなものです。

そして、インナルは自説をベラベラと開陳して「どやぁ」と恍惚に浸ります
相手が呆れてさじを投げると「はい、論破!」とか「俺の…勝ちだ…(By 草薙京)」とか勝ち誇るんです。
そうやって、マウンティングするために常にネットで目を光らせています。

また、インナルは、果たし状を叩きつけるだけではなく、誰かが突っかかってくる様に、敢えて過激な論説展開でを撒き、大きな釣り針を垂らして、かかる魚を待ち構えている事もあります。
DQNが、騒音、暴走、散らかすなどの迷惑行為を繰り返して風紀を乱し、トラブルを引き起こそうとするメンタリティと似ていますね。

DQNにメンチ切って喧嘩するのも不毛ですし、インナルに煽られて口論するのも不毛と言えます。

私も、個人的に看過できない発言に対しては、しばしば言及します。
ただ、「論破してやろう」とか「説き伏せてやろう」とかは思いません。
「一つの意見として、記憶の片隅に留めて頂ければ…」くらいの気持ちです。
「要らん!」と仰られれば、「アッハイ」と引っ込みます。

仮に、お相手さんが血気盛んな様子で「私に突っかかってくるつもりか!ならば、敗北を味合わせてやろうぞ!」みたいな感じで迫って来られたら、「アッハイ!そもそも私の完全敗北です!敗北の語源は私です!負けから生まれた負け太郎です!生まれてきてゴメンナサイ!森羅万象全てに謝罪します!」と、怒濤の敗北宣言の後、土下座で地中深くマントルまで埋まる勢いを見せます(見せません)

ネット初級者に多く見受けられる煽り合い

これは私の勝手な推論ですが、ネット歴の長いヘヴィユーザーは、こういったインテリナルシストの段階は卒業していると思うんです。
また、ネット歴に関わらず、元々、不毛な議論なんて縁のない方々も当然の様に大勢いらっしゃいます。
というか、私の周囲は落ちついていて論争とは縁のない平和な方々が多数です。

ネット上では、顔も名前も隠して発言できる事から匿名性が高いという印象があり、その気になれば自在に様々なキャラクターを演じる事ができるので、ネット上の自分はもう一人の別人格なんだと錯覚してしまう傾向があります。

ハッキリ言って、ネットの匿名性は高くありません。
ネットを介してでも、法を逸脱すれば、プロバイダに警察や弁護士から開示請求が届いて特定は可能です。
(ちなみに、IPアドレスの開示請求を積極的に請け負う弁護士を、ネットスラングで「パカ弁」と呼ぶそうです。この様なネットスラングが生まれるほど、開示請求の依頼が多いという事なのかも知れませんね。パカ弁は、頼もしい存在ですね。)

現に、軽い気持ちで犯罪予告をすると、誰かが「あ、そうだ!通報しよう!」とサイバーポリスに通報して、あっという間に警察が家に来ます。
謂われなき誹謗中傷による、侮辱罪、名誉毀損罪、信用毀損罪、偽計業務妨害罪、これらも該当すればIPアドレス開示請求の要件を満たします。
刑法が適応しない誹謗中傷であっても、民法で法的手段に訴える選択肢もあると思います。
突然、自宅に内容証明郵便が届いて慌てふためく事のないようにしたいですね。
(詳しくは、法テラスへご相談を)
http://www.houterasu.or.jp

ところで、サイバーポリスって語感、格好良くないですか?
サイバーポリス、日本語で電脳警察ですよ?
未来警察ウラシマンっぽくないですか?(語感だけですけど)
赤い光弾ジリオンっぽくないですか?(これは全然関係ない)
ゴールドライタンっぽくは全然ないですね(全然ないですね)
あああああー!!タツノコプロ最高でーす!

あ、ゴホンゴホン…。閑話休題、話を戻します。

「ネット上の自分が、もう一人の別人格だと錯覚してしまう傾向」について話を戻します。

先日、ネットで話題になった「ばびろんまつこ氏」もそうですね。
ネット上ではキラキラセレブリティだけど、現実はオークション詐欺を働いていた、という事件です。

これも話題となりましたが「壇宿六(闇のキャンディーズ)氏」も、新潟日報社報道部長という、言論を用いた公益性の高い報道という職業に従事し、公正な姿勢を求められる立場でありながら、個人に対して「身元を洗う」と脅迫したりとか、お子さんがいらっしゃる専業主婦の方に対して「お前の赤ん坊を、豚のエサにしてやる」などと誹謗中傷したり、弁護士の高島章氏に「弁護士の仕事やめろ。プロのハゲとして生きろ。」などの誹謗中傷したり、他にもおぞましくて引用できないほど、罵詈雑言の限りを尽くしました。

ネット上の自分と、現実の自分が乖離するのは、ある意味仕方がないのかも知れません。
現実は、制限だらけですね。壁に耳あり障子に目ありです。
もし、現実世界でなんらかの失態を晒したら大ダメージを負います。

一方、ネット上では、匿名で何か失言や失態を晒し、周囲から批難を浴びても、別人のフリをして、再びネットライフをエンジョイできると錯覚しがちです(実際はネットでも逸脱すれば痛い目にあいます)。

このことから、ネット上の人格は、どんどん一人歩きしやすいと言えるでしょう。

何でも好き放題発言できて、なんどでも蘇られる事から、万能感や強い武器を手にしたと錯覚しやすいのです(しつこい様ですが、万能でも無敵でもないです)。

万能感や強い武器を手にしたら、それで力試ししたくなるでしょう。
手始めに、テンプレとなっているネットスラングの煽り文句を真似てみるかも知れません。

「で?っていう」
「はいはい、ワロスワロス」
「顔真っ赤っかだぞwww 必 死 だ なwww」

ネット上には、こういった煽り常套句は山ほど転がっています。これはまだ可愛い方です。
こういったテンプレを真似る事から始まり、次第にエスカレートしていくのかも知れません。

ただ、ネットの煽り合いに嫌気がさして卒業していく人が多数でしょう。
だって、どう考えても不毛ですもの。何一つ、得るものがないでしょ。何も残りません。
それよりも、情報収集したり、気の合う仲間とワイワイしていた方がよっぽど有意義です。
チャンピオンの話をしたり、王将の天津飯の話をしてる方が有意義です(私に限っては…)

そう、ネット端末は有効活用すれば、非常に優秀なツールですものね。

何よりも、傷付く生身の相手が存在する事を念頭に置かなければなりません。

それでも、不毛な煽り合いから卒業できずに、インテリナルシストにシフトチェンジする人もいます。

インテリナルシストの活力は称賛の声

煽るしか能がない人というのは、基本的に支持されません。
もし仮に、おそ松くんのイヤミの語尾が「ざんす」ではなくて、「うるせえ!ぶっ飛ばすぞ!」だったなら、好感度ダダ下がりでしょう。

イヤミ「ミーもチミを利用して儲かる気が全然しないざんす」

改変後「ミーもチミを利用して儲かる気が全然しない うるせえ!ぶっ飛ばすぞ!」

うわぁ。どちらにせよ、好感を抱きにくい…。(例えが悪すぎた)

一方で、インテリナルシストは、基本的に煽るスタイルなのにも関わらず、一見すると知的に感じて、時として発言が痛快なので、一部から支持される事があります。

人は、何かをして、それが認められ支持されると、頑張りたくなるものです。
インテリナルシストにとっては、議論や討論やディベートなどの体を取った、いわば「言論を用いた辻斬り」が、支持される要素となります。

インテリナルシストは、周囲に支持されるから、自分は良い事をしていると錯覚します。
確かに、明らかな社会悪に対して、言論によって批難したり追求する事は良いことなのかも知れません。批難を恐れる事で抑止される悪事もあるのかも知れません。

ただ、批難や追求も、行き過ぎると単なる私刑になりかねません。

「相手は悪だから、言論を用いて死ぬまで追い詰めてもいい」なんて事は、断じて認められません。
正義感や義憤を大義名分に、言葉で相手を死ぬまで追い詰めるなど、言語道断なのです。

場数を踏むと自責の感覚が鈍磨する

インテリナルシストは、常日頃から討論に明け暮れているので、当然、場数を踏んでいると言えます。

討論の数だけ反論があるわけですが、毎日の様に反論を浴びていると感覚が麻痺していきます。
RPGで例えると「ドラゴンをばったばったと倒し、経験値を積んでレベルを上げた戦士は、スライムの攻撃はかすり傷にもならない。」みたいな感じでしょうか。

そのスライムの一撃の様な、戦士にとっては取るに足らないと思っている一声
実は、声を上げた本人にとっては、悲痛な心の叫びであり、傷付いて、苦しんで、泣き叫んで、やっと発した渾身の一言なのかも知れません。

文字のみのコミュニケーションでは、相手の表情や声を伺い知ることはできません。
なので、相手の機微を読み取るのは難しいと言えるでしょう。

ただでさえ、相手の心情を察するのが難しい上、相手を打ち負かす事に執着していれば、尚更、言葉の刃に傷付く人は増えるでしょう。
それでもインテリナルシストはお構いなしです。
己こそが正義だと過信して、今日も明日も言葉の凶刃を振るいます。

意見を向ける相手のことは、そのマッチョな優位主義から、マウンティングするための踏み台としか見ていません。
肥大した自己愛を満たす事が最優先で、暴走した正義によって誰かが傷付こうとお構いなしなんです。

http://ironna.jp/article/2403

 さてツイッターでの罵詈雑言や誹謗中傷を抑制することに画期的な解決方法はないにしても、なるべくそういった「騒動」から遠く、巻き込まれないように「自衛」する方策はある。もっとも簡単な方法は、ツイッターを辞める(アカウント削除する)ことだ。この至極簡単な方法に多くの人々が気づいて、ツイッターアカウントを削除する人も、私の周辺にもいる。単純明快な自衛策だ。

私は、そうは思いません。
なぜ、平和に有効活用している真っ当なユーザー側が、一部の迷惑なユーザーのせいでTwitterを辞めなければならないのか。

そんなのは、理不尽極まりないと思います。
Twitterは、迷惑行為をする人達が暴れ放題する場ではないはずです。
ソーシャルネットワーキングサービス(SNS)の「ソーシャル」とは、社会という意味です。
社会で、自制を促されるべきは横暴な人の方であるはず。
我々にできる事は、ルールやマナーを明文化し、毅然とした態度で一部のマナー違反ユーザーの暴挙を抑止する事ではないでしょうか。

そこで、参考までに次の項では認知バイアスについて解説していきます。

認知バイアスがインテリナルシストを助長させる?

バイアスとは簡潔に説明すると偏りや歪みという意味です。
偏見や先入観もそうですね。

この項では、様々な状況で起こる認知バイアスのケースをご紹介致します。

ネポティズム(縁故主義)

インテリナルシストを、周囲の支持者は更に囃し立てます。
支持者で構成されたコミュニティ内の人達にとっては、外部から食ってかかってくる人は、総じて悪であり敵だと思い込みやすいのです。

これは、ネポティズム(縁故主義)という認知バイアスの一つです。
ネポティズムがインテリナルシストを増長させるのです。

確証バイアス

時に人は、自身への同意者や賛同者の言う事は、素直に聞き入れやすくなる事があります。

この事から、周囲には似たような価値観、似たような思想の人が集まります。
逆に、批判的な人に対しては、攻撃したり遠ざけたりします。

自身にとって、都合の良い人物や情報ばかりを取捨選択することを確証バイアスと言います。
この様に同意者が集まって形成されたコミュニティは、前述したネポティズムへと発展しやすいのです。

感情バイアス

多くの人は、感情に左右されやすい、感情の生き物です。
それは、別に責められる事ではありません。
感情は、人にとって大切なものです。

目の前に、揺るぎない事実を突きつけられても、感情的に好ましくないものであれば、存在を認めたくない事があるでしょう。
怒りに囚われ、本当は正しいと思う事でも反発してしまう時や、厳しい現実から逃避したくなる事もあるでしょう。

感情によって事実を否認すること。それが、感情バイアスです。

時には冷静さを求められる事があるでしょう。
認めなくても、事実は事実として、ただそこに存在します。
有るものを無かった事にはできません。
それを認めた上で、自身が現実を乗り越える道筋を模索する事で、得られるものもあるのではないでしょうか。

あなたに、心地よさだけを与えてくれる人は、背後に不都合で恐ろしい事実を隠しているかも知れません。
事実に向き合う勇気も、必要な時があるのかも知れませんね。

インテリナルシストを持ち上げている人々は、その人が窮地に陥っても最後まで味方でいてくれるのでしょうか。

内集団バイアス

自身が属する集団の中から、突出した人が現れると、自身も誇らしく感じる事があります。

例えば、日本人野球選手がメジャーリーグに移籍して、輝かしい功績を残せば、「同じ日本人として誇らしい」と感じるでしょう。これは、当然と言えば当然です。
内集団バイアスとは、自分が属する集団が、他の集団よりも優れていると、客観的で冷静な分析をせず、過大評価する事を指します。

例を挙げるなら

「我々保守派は、リベラル派よりも優れている」

「私達男性の方が、女性よりも優れている」

「我が郷土(都道府県)こそが日本一!」

「我々きのこの山好きの方が、たけのこの里好きよりも味覚が優れている」

「SONYのゲーム機ユーザーの方が、任天堂のゲーム機ユーザーよりも洗練されている」

ここで挙げた例は、「人それぞれであって一概にはそうとは言い切れない事」ばかりです。
これらは、自身の帰属意識が肥大して、自己と集団の境界が曖昧となった結果と言えます。

集団は集団。あなたは個人です。集団と個人を切り離して、流されず自分自身の考えを大切にしましょう。自身が属する集団に何か違和感を感じたら、それは帰属から脱したあなたの個性から来るものなのかも知れません。

観察者バイアス

時に人は、自身が望んでいる事に一致する部分ばかりを見ようとする事があります。

例えば、政治家のスキャンダルが報道されたとします。
「その政治家は悪い政治家だ!」と感じる事もあるでしょう。
一度、「悪い政治家」という印象が残ると、その政治家の悪い所ばかりが目に入りがちになるでしょう。探そうと思えば、その政治家が真面目に仕事に従事する姿や、公益性の高い成果を収めたことなども見つけられるかも知れません。

しかし、それらの情報を望んでいなければ、見なかった事や無かった事にしてしまいます。
つまり、粗探ししかしなくなるわけです。

逆もまた然りで、好きな人の理想像を自身の中で築きあげてしまい、勝手に神格化してしまう場合もあるでしょう。
例えば、「アイドルはウ○コしない」とか、「恋愛しないと思ってたのに、恋愛が発覚して失望した」とか、「飛影はそんなこと言わない」等々。

他の例を挙げるなら。

「焼肉のホルモンはカロリーが低いから、いくら食べても太らない(部位によっては、カルビよりもカロリーが高い場合があるが、沢山食べたいので事実を見ようとしない)

「ワクチンには副反応があって怖いから予防注射は打たない方がいい(副反応というデメリットと、摂取しなかった時のリスク、予防することで得られるベネフィットなど、それぞれの確率や統計や歴史などを勘案せず安易な結論を出す)
※ワクチンの中には、かなり低い確率とはいえ、ごく一部に重篤な副反応が存在することも事実です。
国民全員が安心してワクチンを打てるように、万が一、副反応の症状が出たとしても、それを医療の面や精神面、金銭的な面でも十分にケアできる様に、手厚い救済措置が確立する事が望まれ、そのための議論が尽くされるべきでしょう。

ここに挙げた例のように、人によっては、観察者バイアスによって認知が歪められ、メリットかデメリットのどちらか一方の、自身にとって都合のいい情報しか目に入らないのです。

この世に、清廉潔白で完全無欠の人など存在しません。それぞれ、良い所も悪い所もあります。清濁併せ呑むくらい寛容さと柔軟さが求められるのかも知れませんね。

医学の分野では、薬や治療法の効果を調べるために「二重盲検法」というテストが行われます。
医師などの試験実施者にも、治験を受ける被験者側にも、薬(治療法)の効果を知らせない事で、双方の期待や思い込みによる個人的な評価が結果に影響しない様、正確なデータを求めるために行われます。
また、並行して、実施者は効果を知り、被験者のみに知らせない「単盲検法」も行われます。

真理に近づくためには、思い込みを捨て、物事を多角的に観察ことが求められるでしょう。

認知的不協和

人は、自身の中にある矛盾を正当化するために認知を歪めてしまう事があります。

例えば、自身の身長が低いという事実と、自身が高身長であることを望む気持ちが相反した場合に、身長を伸ばす事は困難である事からストレスを感じます。

このストレスから逃れようと、身長が低い事を合理化しようとします。

まずは、低身長の利点について考えたり情報を集めます。
「親しみを与える」「警戒心を抱かれにくい」「浴槽が広々」など

そして、高身長のデメリットについて考えたり情報を集めます。
「服のサイズ選びが苦労する」「鴨居で頭を打つ」「浴槽が窮屈」など

そうする事で、心の負荷の逓減(少しずつ減らす事)を図ります。
しかし、これらの思考展開や情報収集に偏りある事が分かりますよね。

これは、いわゆる「酸っぱい葡萄理論」というものです。

高い木の上に実った葡萄。
食べたいけど手が届かない。
このモヤモヤをやり過ごすために、「どうせ、あの葡萄は酸っぱいんだ。だから食べなくていい。」と自身を納得させるのです。

私は、心の安定を図るなら、ある程度は「酸っぱい葡萄」があっても良いと思います。
ただ、そのために、他者を攻撃する様になってはならないと思います。
先程の例で言うなら、「低身長の人が、高身長の人を目の敵にして攻撃する」といった感じです。自身の中で、納得する事のみに留めるべきです。

または、自身の抱える不満を受け入れた上で、他の要素で補う方法を模索する事も望ましいでしょう。
自身の抱える不満を「他者に攻撃的にぶつける」という行為で満たそうとしても、根本部分は何も解決せず、際限がありません。
自身が満たされるためには、他者の足を引っ張るのではなく、自身が高みへ登る方向へシフトする事が望ましいでしょう。
現状に満足していないのならば、他者に求めず、自身の中で「満足のいく何かを築く事」を模索してみませんか?

あなたの尊厳は、他者から得るものではなく、生まれた時からあなた自身の中に存在しています。
そして、あなたにはきっと何か可能性があるはずです。
あなたの中にある様々な可能性を見つけるには、他者の言葉ばかりに目を向けるのではなく、価値ある自身の内側に目を向けてみましょう。

ちなみに、私は背がそんなに高い方ではないんですが、身長よりも、もっと大切なものを手に入れる事に励んでいます。

リスキーシフト(集団極性化)

一人ならば及び腰で躊躇する事も、周囲の人達が行えば、それに自身も従ってしまう場合があります。

本来は穏健で平和を重んじる人が、特定の集団に取り込まれ同調していく内に、正誤を見誤る事ってありませんか?
正義感に燃える集団が、徐々に暴走して、明らかに誤った方向へ舵取りをしても、それが間違いと気付けずに、そのまま周囲に流されてしまう。こういったケースに心当たりはありませんか?

群衆の向かう先が断崖絶壁だった場合、あなたはその人達と心中しますか?
それとも、孤立してでも立ち止まって流れに逆らいますか?

集団の意思とは別の、あなた個人の慎重な考えを尊重なさる事を願います。


ざっくりと、心理学に触れてみましたが、心理学が絶対で万能だとは思いません。
心理学が全知全能の存在なら、世の中はもっと平和だったはずです。

ただ、心理学は世の中に大きな貢献をもたらす可能性を大いに秘めています。
そして、個人にとっても心理学は参考になると思います。

しかし、「心理学にはこうあるから、絶対にそうなんだ!」と思い込むのも、それはそれでバイアスなんだと思います。

心理学に触れる事は有意義だと思いますが、知識に溺れないように、知識を過信しないように、目の前にある個々の問題に、臨機応変に向き合う姿勢こそが大切なのかも知れませんね。

そもそも、なんでインテリナルシストになるの?

インテリナルシストとは、知性をひけらかし、知的な自分に心酔し、更に周囲から脚光を浴びたい人です。
インテリナルシストは、自尊心や承認欲求を満たすことを渇望しています。

「自分を価値あるものと思いたい」「自分に価値があると周囲に認められたい」そういった思いが、行動原理となります。

それは、インテリナルシストだけに限りません。

  • 自撮り写真をネットにアップロードして、ファッションセンスや容姿を褒められたい人。
  • 高級車やブランド品などの高価なアイテムを披露して、羨望を集めたい人。
  • 面白いジョークや身体を張ったネタで、面白いと思われたい人。
  • 著名人や社会的地位の高い人との人脈をアピールして、人望がある事を誇示したい人。

こういった人達は、自身が持てるステータスを周囲にアピールして認められたいのです。

それは、悪い事だとは全く思いません。
多くの人は、他者からの評価が気になり、価値観を認めて貰いたいと思い、周囲に褒められたいと思うでしょう。

幼い子は、好奇心が旺盛で色々な事にチャレンジします。
そして何かを成功させた時に、親などの大人から褒められる事で、更に意欲が上がります。
色々なものに触れる事は楽しいし、褒められると嬉しい。そういったサイクルが、成長を後押しします。
従って、子を褒める事は、子育てにおいて不可欠なのです。

大人になってからも、他者からの評価は励みになります。
この事から、承認欲求は成長の糧と言えます。
自信や自尊心も、とても大切なものなのです。

ただ、自尊心や承認欲求を満たすための方法を間違えない様に気を付けたいですね。
他者を犠牲にし続けないと維持できないステータスなどというものは、決して盤石とは言えないでしょう。
他者と比べる相対的なものより、自身の中で完結する絶対的なものにこそ価値があるように思います。

一流アスリートにとって競う相手は、己の限界であったり。
一流アーティストにとって越えるべきは、過去の自身の作品であったり。
そうやって、高みを目指すことが望ましいのかも知れませんね。

あなたは、他の誰でも無いあなたであり、あなたの中にあるものは唯一無二なもので、それを誰かと比べる必要はないのです。
あなたの中にあるものを、誰かに押し付けることなく、誰かに蹂躙されることもなく、大切に育みましょう。

世の中には、往々にして四方八方と無闇に攻撃する好戦的な人がいます。
安全安心にSNSを楽しむには、そんな人達の流れ弾に巻き込まれないように、距離を置く事が求められるのかも知れません。
好戦的な人を応援しないこと、関与しないこと、荷担しないこと、近づかないこと。これらが重要でしょう。
とはいえ、多くのSNSユーザーは、私に言われずとも、とても平和に楽しく過ごされている様子です。

逆に、好戦的な方へ一言。
世の中や私生活に不満があり、心の中に鬱積した感情がある時は、誰かにじっくりと話を聞いて貰いましょう。

大衆に向かって毒突くと、思わぬ所から反撃が襲ってくるかも知れません。
あなたが叫んでいる先にいる大勢は、あなたの声に慎重に耳を傾けているのでしょうか。
その方々は、あなたという個人をしっかり見て、オフラインの時もあなたの事を真剣に考えているでしょうか。あなたが窮地に陥った時、見捨てずに手を差し伸べてくれるでしょうか。

もしかすれば、確実に傾聴してくれる相談相手に向かって、一対一でじっくりと話す方が実りがあるのかも知れません。

少なくとも、私には、じっくりとあなたのお話をお伺いするご用意は出来ております。
唯一無二の、あなたの中にあるものを私にお聞かせ下されば光栄です(有料ですが)。

最後に

今回の記事は、煽るようなタイトルで申し訳御座いません。

ちょっぴり、「繊細チンピラ」みたいな造語を、私も作ってみたいという下心もありました。
http://togech.jp/2013/09/12/3445

今回も前半部分で、長々と自説をベラベラと開陳して「どやぁ」と恍惚に浸ってしまい、申し訳御座いません。
これね、インテリナルシストとされる人をこき下ろす目的で書いたわけではないですよ。
むしろ、私自身への戒めです。いわゆる、自戒ってやつです。

私という奴は、不勉強でインテリもやしっ子の分際で、ちょっと褒められると増長して、うっかりインテリナルシストの顔を覗かせるという、クソゴミ便座カバー疲れ目不燃ゴミへそ毛アホ毛粗大ゴミ醍醐味縮れ毛肩凝り資源ゴミクソ野郎(ゴミは何回出てきたでしょう)ですから、こうやって戒めておかないといけないんですよ。

かく言う私も、かつては正義感や義憤を大義名分に、大学教授(S條氏)や政治家(F野氏)やジャーナリスト(I藤氏)や某医師(U海氏)(Mッターマイヤー氏)や某宗教家(O倉氏)等々、その他様々な方にブロックされるほど食ってかかってご迷惑をおかけしました。(その節は誠に申し訳御座いませんでした。)

かつてに比べると、今はかなり自重しているつもりですが、時折、皮肉めいたコメントをしたり、分を弁えず、ご本人に直接ご進言させて頂いております(寛大さに甘えて胸を借りさせて頂いております。有り難う御座います。)

ただ、一つ言える事は、そういった批判的な態度は、冷静さを欠いた醜態であり恥ずべき事だと自覚している事です。
決して誇らしい事だとは思っていません。
冷静になって、後から申し訳なさが襲ってきて、猛省してたりします。

なので、なるべく批判ではなく、提言や代替案、フィードバックとして提出したいと心掛けています。
または、それすらも余計で、スルーする位で良いのかも知れません。

ただ、誤解なさらないで頂きたいのは、皆さんが、社会で問題となっている事に対して、何らかの批判をすることを、全て駄目だと申しているわけでは決して御座いません。

健全な批判は、社会をよくする上で不可欠だと思います。
従って、社会悪に対する怒りの声を上げても構わないと思います。

ここで、私が批判すべきだと個人的に感じた最近の事例をいくつか挙げます。

  • 武雄市図書館のTSUTAYA図書館問題
  • 海老名市議の同性愛者への差別発言をした問題
  • サッカーファンが、外国人差別発言をした問題
  • 自称祈祷師「龍神」が糖尿病7歳児に薬与えず衰弱死させた事件
  • 標準医療を悪者に仕立て上げて、エビデンスのない代替医療で儲けようと企てる者
  • 茨城県の教育委員が「茨城県では障害者を出生前に減らしていける方向になったらいい」と発言した問題

これらの様なケースは、理路整然と冷静に批判し、問題の原因を追求すべきだと思います。
問題提起することで、現在や後世の社会をより良くする事に繋がると考えます。

一方で、佐野研二郎氏の五輪エンブレムの件は、過剰な批判だったと考えます。

「似ているかも知れない」という検証までは、そこまで問題ではなかったのですが、佐野氏の案が取り下げになった後の、人格攻撃や誹謗中傷や言いがかりの様なものまで、どす黒い負の感情が有象無象としていました。


世の中のことを思って、改善を求めるための批判なのか、個人叩きによる祭り騒ぎなのか、自分の欲求不満を八つ当たりしているだけなのか、そこを見極める必要があると感じます。
批判にもルールや作法や越えてはならない一線があると思います。

あなたの唱える自説は、誰になんのために発するのでしょうか。
誰かを怒らせるため?誰かを攻撃するため?誰かを傷つけるため?
もし、世の中のために、自身の考えをより多くの人に理解して欲しいと考えるのなら、解りやすく受け入れられやすい言葉を選ぶはずです。言葉遣いにも配慮するはずです。

「私の話を理解できない馬鹿が悪い」と思い込んでいませんか?

解り難い言い回しで、誤解を招いたり、齟齬を生む理由はなんでしょう。
挑発的な言葉を使う理由はなんでしょう。好戦的な理由はなんでしょう。独善的な理由はなんでしょう。感情的になる理由はなんでしょう。

自己の内に目を向けて、じっくり考えてみましょう。

また、マーケティングやプレゼンテーションの観点からも考えてみましょう。
商品の説明書きが、難解で購入者を突き放したものであった場合、訴求力はどうでしょう。
プレゼンの資料が、嘲笑的で独り善がりで難解なものだったら、あなたの提出する案は受け入れてもらえるでしょうか?


自己弁護のような形となりますが、私がかつて批判した先程のイニシャルを挙げた方々も、私としては、単なる私怨や個人叩きのつもりはなく、改善を求めるための切なる思いが込められていました。彼らを恨んでいるわけでも、嫌っているわけでも、敵視しているわけでもありません。

ただ、行き過ぎた揶揄は褒められた事ではないと反省しています。相手から理解を得られなかったのは、自身の力不足だったと感じています。


こちらの記事をを読んで「なんだ!?インテリナルシストって私の事を言っているのか!?喧嘩売ってんのか!?」と腹に据えかねた方。

安心して下さい、あなたの事ではありませんよ。

クソゴミたわし不燃ゴミティッシュ粗大ゴミボウフラ醍醐味ブラボー資源ゴミ腹巻きクソ野郎な、かつての私の事ですからね。(悪口の語彙力の低さよ)
「皆さんは、かつての私みたいにならない様に気を付けて!」という事ですからね。

それと、タイトルと前半部分は客寄せやツカミのようなもので、この記事で主眼に置いているのは認知バイアスの解説以降の部分だったりします(スマンカッタ)

人間のワーキングメモリの容量は限られているので、大して中身の無い長文を読むと、前半部分はおぼろげで、後半部分だけが記憶に残りやすいと思います。
この記事に関してはそれで構いません。
後半部分だけでもそれとなく覚えて下されば幸いです。

ところで、皆様から私に対してですが、ご批判、お叱り、その他色々なご意見に関しましては、非常に有り難く思い、歓迎致します。
皆様の、お声やフィードバックは私を成長させる大切な栄養素です。

何卒、宜しくお願い致します。そして、有り難う御座います。

ひゃっへーい!蛇足のコーナーが始まっるよ~ん♬

へいへ~い!みなさん、お待ちかね!(待ちかねていない)
「最後に」の後に始まる蛇足のコーナーで~す!!(始まるな)
ここから、存分にウザいキャラを発揮しま~す!!(おいおい開き直るな)

この記事のアイキャッチ画像には眼鏡男子を選びました。
私、眼鏡キャラが大好きです!
最近では、セトウツミの内海がめっちゃ好きです!
New2
勝手な私の偏見なのですが、眼鏡ってインテリの象徴だと思うんですよね。
勿論、視力を補うためのアイテムなんですけど、眼鏡キャラにはそこはかとない知性を感じます。男女問わず、眼鏡キャラには贔屓目で見てしまいます(笑)

あ、うちの妻も眼鏡っ子なんですけど、たまらないほど素敵です。


そうそう!記事内でも登場しましたが、ゴールドライタンってめっちゃ懐かしくないですか?(年がバレる…)
子供の頃、なんでか分からないんですけど、あんな四角いロボットにめっちゃ憧れました!

それで、多分親にメッチャねだったんだと思うんですけど、買って貰ったのがメインのゴールドライタンではなくて、なんか身体に武器がいっぱい搭載されたメカニックライタンとかいうモブ臭い奴と、円柱のクソ雑魚い奴(名前すらわからん)だった様な記憶が薄ら残っています。

でも、当時は武器臭い奴も、雑魚円柱も、大喜びでめっちゃいじり倒してブッ壊した様な記憶があります。
幼いながらも私なりに愛情を注いで、超合金のライタン達は全身でそれを受け止めてくれたんだと思います(結果、大破した)。
(武器ライタンと円柱ライタンのファンの皆さん、一部に不適切な表現が御座いましたことを浅くお詫び致します。サッセン)

それにしても、懐かしいですよねぇ~。ついついテンション上がります!!
ゴールドライタン、テンション上がりませんか?上がりましたよね?

テンション上がったそこのあなた!!

そのハイなテンションで、勢いに乗ってぽちーっとシェアボタンを押しまひょう!
ほら!ほら!ゴールドライターン!って叫んでシェアしまひょう!!!
え!?ゴールドライタンでテンションが上がらない人もいらっしゃる!?
どちらにせよ、私の必死さは伝わったでしょ!?わかりますよね?必死ですよ、私!

ほら!ぽちーっと!

(毎度毎度、最後にお目汚ししてしまい申し訳御座いません…。そして、お読み頂き有り難う御座います。)

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癒やしのちくわ画像


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